倉野磨崖仏

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倉野磨崖仏

所在地

鹿児島県薩摩川内市樋脇町倉野字木下付近→倉野磨崖仏の地図

感想(レビュー)、見所

梵字とか岩に刻まれてたりして不思議な感じです。

ちょっと個人的には恐いなって思いました。

3枚目の写真の右端のお地蔵さん?を見てください。

完全に首が取れてます。

いつもだったら先に進んで孤独にもくもくと調査する

私ですが、ちょっとお腹が痛くなって断念しました。

 

薩摩川内市指定文化財
(以下、看板より転記)
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倉野磨崖仏

昭和五十年九月一日指定
倉野は、入来院初代地頭渋谷定心の五男、範もと(別名倉野荒六)が
建長二年(一二五〇)から治めた地です。
倉野氏がこの地に創建した瑞泉庵では、特に高度な仏教研究が
行われていたことが、この磨崖仏の梵字群によって明らかです。
磨崖仏は梵時17、陽刻仏像1、五輪塔3、外仏種子等からなっています。
オーンク 金剛両部不二大日
バーク 釈迦
キリーク 阿弥陀
バン 金剛界大日
バイ 薬師
この梵字群は、文保二年(一三一八)九月五日、寂円坊が亡き親の供養と
共に村人の平安を祈願したものです。
この中で最も注目されるのは中央月輪中に刻まれている(オーンク)です。
梵字を刻むことは仏教を彫ることと同じ意味で、全国至る所にありますが、
この(オーンク)の文字は、日本に(全世界にも)ただ一つしかない珍しい
文字です。
当時、金剛界・胎蔵界両部不二の大日如来を表す文字として、密教の最高尊を
表現しようとして工夫創作された真に貴重な文字です。
この(オーンク)一字だけでも、鎌倉末期という早い時代に倉野で、高級
深淵な仏教哲学研究が行われており、中央に劣らない高度な文化があったか
を窺い知ることができます。
平成十八年九月
贈 川内第一ライオンズクラブ、樋脇・市比野ライオンズクラブ
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