南方神社

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南方神社

所在地

鹿児島県薩摩郡さつま町付近→南方神社の地図

感想(レビュー)、見所

これといって調査していません。

南方(諏訪)神社の由来
(以下、看板より転記)
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諏訪下の南方神社は、文政七年の鶴田再撰方糺帳によれば「諏訪上下神社」と呼ばれ、
鶴田麓から約四km西方の柏原村にあるとあり、神体は木座像二体で、高さは二体とも約
三十cm。
烏帽子は約六、五cmであるが、裏には何も文字はない。又、鍔口(綱を引いて鳴らす鉦)や
棟札もない。
なお、何時、勧請(神を迎えて祭る)した年月日は分からないが、祭日は七月十九日で、神社の料地や
寄付された物品もないし、神主も定まってない、とあります。
祭神の一体は島津歳久の子孫の家紋があり、宮之城島津氏の勧請されたものと思われるが、
江戸時代中期のもので、三百年以上は経っているようです。
諏訪神社は、島津初代忠久が長野県から薩摩の守護として出水に来たとき、島津氏の武神
として勧請したのが始まりで、士族のいた地域は諏訪神社を勧請しました。
明治の初め、農民の守神としても崇めるようになり、祭神の御名方=南方と改め、地域みんなの
氏神となりました。<br>長野県諏訪市の諏訪大社の祭神は、上宮=建御名方命・下宮=八坂刀売命で、
南方神社と同じ祭神です。
平成十三年七月
市場自治公民館、諏訪下自治公民館
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