小浜崎1号2号古墳

s-CIMG0949 s-CIMG0950 s-CIMG0951

小浜崎1号2号古墳

所在地

鹿児島県出水郡長島町(小浜崎半島の先端)→小浜崎1号2号古墳の地図

感想(レビュー)、見所

1号古墳はすぐにみつかったんですが

どうしても2号古墳を見つけることができませんでした。

 

s-CIMG0953

こっちかな?

s-CIMG0954

階段降りてみる

s-CIMG0955

岩場に到着

s-CIMG0957

あるはずがない

s-CIMG0962

こんな岩場に

s-CIMG0963

戻ろう・・

ということでまた時間のある時に再調査します。

 

小浜崎1号、2号古墳
(以下、看板より転記)
========

小浜崎1号古墳・2号古墳は、昭和39年、三島格氏、池水寛治氏
によって発掘調査され、東側から、1号古墳・2号古墳と命名された。

小浜崎1号古墳

1号古墳は、高さ1.2m、直径4.6m程の積石塚で、現状から考えて
円墳に類するものであろう。
石室は割り石の小口積みによる竪穴式石室で、主軸が2.4m、幅1.8m
程の長方形である。
天井石は石室の内部を発掘しているとき、側壁より内側に一部別の側壁が
見つかったので、この古墳では再埋葬・再構築が行われたことが分かった。
出土品は、盗掘のためか少なく、鉄剣・鉄刀の一部が出土しただけである。
築造年代は、年代を示す明確な遺物の出土もなく難しいが、八代海に面した
宇土半島一帯では4世紀の竪穴式石室を受けたと考えられることから、
一応、5世紀と推定されている。

小浜崎2号古墳

2号古墳は墳丘の直径約15m程の円墳である。
石室は発掘時で既に墳丘の上に露出しており、かなりの破壊を
受けていた。
石室は長さは2m程でほぼ正方形であり、形の整えられた暑さ
10cm強の平石で造られ、しかも二部屋に区画してあった。
これは弥生時代以来の伝統的墓制である組み合わせ式箱式石棺が
大型化し、ついには石室的要素を持つに至った結果と考えられる。
二部屋に区画してあるのは、二つとも屍を埋葬するためのものなのか、
あるいは個人墓から家族墓的要素が入り込んできたのかはっきり
分からない。
石室の石材は熊本県天草町のものと一致するので、当時から運んだもの
であろう。
出土品は鉄製品では剣1・刀1・斧1・錐1・鎌1・鏃20以上、
それに碧玉製の管玉2などで、これらの副葬品から、5世紀の築造と
推定されている。
この古墳は破壊されたもので、昭和58年に埋め戻し、復元した。
========

スポンサーリンク

ABOUTこの記事をかいた人

鹿児島を一人で孤独にバイクで探検しています。 もしこのページの記事の場所に行ったことがありましたら 行かれた感想などをレビューとしてコメントしてください^^